母さんが他家につとめていた。

成績をあげることが義務

商売を早く覚えさせようとする親心だったのかもしれない。
住友銀行の副頭取という地位から、アサヒビール入りをした氏の成功の秘密は、客を逃がさない
商人の資質が花開いたというべきであろうが、それはとりもなおさず、彼の生い立ちや家庭環境に負うところが大きいと思う。煎じつめれば、いたずらでガキ大将だった彼に商売の基本を示した父親の存在があればこそであろうせん樋口氏の目に映る父親は偉い人だったそうだ。小学校しか出ていないのに英語が読め趣味も多彩で、油絵も描けば、音楽も、特にクラシックをこよなく愛したという。
鹿島建設会長の石川六郎氏の話もおもしろい。父親の一郎氏は、東大工学部の助教授から実業界に転身し、初代の経団連会長を務めた人物だが、六郎氏が生まれたころは、日本的な面と欧米的な合理主義がほどよくミックスされた家風だったという。当時としてはエリートの家庭に育った六郎氏の父親との思い出が、なんと野良仕事だというのである当時の化学工業の柱は肥料だったから、一郎氏は肥料の改良·開発を進める実験場として七万坪の農場をつくり、肥料の実験を兼ねて、米や野菜、果物まで栽培し、豚や牛、鶏などの家畜も飼っていた。

子供たちがみんなその芝生に入っています。
子供たちがみんなその芝生に入っています。
子どものお金づかいで泣かされないため
子どものお金づかいで泣かされないため


教育は小さいときほど大きな力を発揮する。

子どもを持つのもいい子どもはまず反発します。一郎氏は、子どもたちをこの農園でよく働かせた。ありとあら
ゆる農作業をやらせたのである。
だから六郎氏は、今でも肉体労働が苦にならないそうだ一郎氏は自分に甘えてはいけない、人間、死ぬまで努力しなければいけないという信条を生涯貫き、七十歳を越えてからのフランス語修得をはじめ、死ぬまで勉強を怠らなかったということだ。
父親の生き方が家風として子に伝わる日本が生んだ近代最大の啓蒙思想家であり、慶応義塾の創設者でもあった福沢諭吉は独立自尊を生涯のモットーとし、官職につかず、市井の一市民として一生を全うしたが彼の築いた家庭にも、親から受け継いだ家風が息づいている諭吉は卓越した社会活動の陰で、私生活においても、温かい家族愛に満ちた質素勤勉な家庭をつくりあげた。

子供を持って初めて

母親は本人の欲しがるレコードなどを買い与え登校中津藩士だった父親の福沢百助は、諭吉の幼いころに亡くなったが漢学の素養の深い、道徳的にも優れた篤志家だったという。父親の味を直接知らないまま成長した諭吉だったが、母親は折に触れて父親の話を聞かせた。
その父親像は、母親によって浄化され、理想の存在として諭吉の脳裏に焼きつけられたのである。諭吉は福翁自伝で、自分の家庭のありようについてやはり、父の遺風と母の感化力でしょうと語っている。母が家にいてほしいのであった。母の口を通して語られた父親像が、諭吉の人格形成に大きな影響を与えたことは想像にかたくない。
-ベル賞学者の湯川秀樹氏をはじめ、小川環樹氏、貝塚茂樹氏など、著名な学者兄弟を生んだ小川家においても、独特の家風があった。地質学者だった父親の小川琢治は、長期の出張が多く留守がちだった上、幼い子どもたちに全く愛情を示さず、抱くこともなかったという。後年母親が
お父さんは、子どもが本を読み、学問気が出てくるようになって初めて子どもに関心をと述懐した。学問研究に生涯を捧げた父親にとって、右も左もわからない幼子などは目にも入らなかったのだろう。対等に話ができるようになるまで、何の愛情も示さなかった父親の生き方は、小川家の家風となり、学問に生涯を捧げることの意義を身をもつて示したと言えよう。
このような極端な例を挙げると、家風というのは、よほど大層なものに思われるかもしれない。しかし、多かれ少なかれ1個の家庭を築いていれば、おのずからその家なりのやり方や習慣が生まれるものである。よその家ではそうでも、うちではこうだという不文律ができる。

しつけはいらない?

たとえば、たいていの娘は、父親の生き方や性格に批判的で、お父さんのような人とは絶対結婚しないと公言する。ところが不思議なことに、結局は父親そっくりの男性と結婚することが多く、生まれ育った環境と同じような家庭をつくる。父親と似た男性を選んでいるのだから、家風も似てきて当然だ。幼いころから父親の生き方や考え方が知らず知らず身にしみ込んでいると言っていいのではないだろうか。
父親の存在とは、こうして大なり小なり、その家独特の広い意味での子どもの生き方のバックボーンをつくることにつながるのだと思う。


学校に行っているという

家風を育て
感動
は、親子の共鳴現象を起こす親自身に、語らないではいられないような感動があるかフランスの作家アンドレ·ジイドは地の糧の中で、
賢者とは、すべてに驚嘆できる人だと言っている。
驚嘆
しかし、や感動
すべてにおいて賢くなったはずの現代人、特に子どもたちにこのが乏しくなっているのはどうしたことだろうか。
確かに、人間が人工衛星に乗って宇宙へ飛び立ち、外から地球を眺めることができるようになった現代において、驚嘆すべきものは減ったかもしれない。子どもの場合親


子どもはまず反発します。 子育てを出来ない 育てていくべきか。