先生であるということ。

勉強セットはチェストの上にひとまとめ。

脱皮と創造を自らに挑戦し続けることの大切さを、改めて思う。
かつての名優モーリス·シュバリエの語ったことも、胸の奥に刻まれて離れない。彼は八十歳を過ぎても、若者をしのぐほどの覇気と意欲にあふれていた。そして朝、目がさめると、今この世に誕生のうぶ声をあげたのだと思い、夜眠るときに
一生を生ききったと満足する。そして明日くりひろげられる次の人生に思いをはせ、静かに目を閉じたという。ヒルティにせよ、シュバリエの生き方にせよ一つの見識であり、よりよき人生を志向する生きた知恵ではなかろうか。
読書の意義の深さは言うまでもないが、やはり、読書に価値を感じる子どもに育てたい。
そのためには、子どもの理解力を見くびらずに、かりに十分に理解できなかったとしても親が読んでおもしろく感動した本のことを話して聞かせたい。育て教えるということは確かに大変なことですあるいは、一冊の本から感じた憤りや疑問を、大人同士の話として妻にぶつけてもいいだろう。子ども向けの語りかけより、ときとして大人同士の話のほうに、子どもはより関心を抱くものだ。
テレビも弊害だけとは言えない。受け身になりがちで、能動的に働きかけることのできない子どもをつくる、という指摘はあるが、基本的には中身の問題ではないだろうか。本当に良質で、子どもの健康な発展性を引き出せる、文化·芸術·科学レベルを持った番組もないわけではないしかし、たとえば性の解放についても、しっかりした認識なしに映像化されれば、子どもは正しく性をとらえられなくなる。冒険が記録性でカバーされるとするならば、セックスは芸術性でカバーされる側面を強く持つ。もしもセックスを扱うのならば、しっかりした芸術性に根ざしたものであってほしい。
読書は、読む人の意志の力を大いに必要とする。子どもの意志の強さが、読書を通して育つ。そして知識が豊かになり、生きた知恵を学ぶことができる。

子供ではないのです。

  • いじめられることなく
  • 先生になった。
  • 子どもに面と向かって話す機会


母親たちがわが子を思いやりを持った優しい


父親の歩んだ人生に学ぶのである。

多くの知識は知恵に転化する要因となるが、それだけでなく、書を読むという行為の中に、知恵を豊かに享受しうる土壌があるのだろう。
たんのう親も教師も、読書の素晴らしさを堪能できる生活を取り戻そう。子どもが読書の素晴らしさを実感できれば、言わず語らずの中からでも、書物を離さぬ子に育っていくだろう。
大事にしたい生きていることの幸せ
何としても伝えたい生命の絶対価値ある意味において、もっとも恐ろしい殺人事件が起きた。アメリカのニューヨークでのことだ。双生児の胎児のうち、一人がダウン症候群であることがわかる。医師は母親の希望で、この胎児の心臓をハリで一突きして殺してしまったのだ。そして、正常な1人だけをこの母親は出産したという。
こんなことがあっていいのか。

育てられた。

科学が進歩してほしくない、という衝動にすらかられる思いだ。もちろん、一番苦しんだのは母親や父親であるかもしれない。医師も苦悩したに違いない。しかし、どうしてもやりきれない気持ちになる。ニュースを聞くのが怖い時代確かにこの病気は知恵遅れの子が生まれる可能性があるが、なるのか。
この子にとって、生とはあまりに過酷なのではないか

経済的、精神的負担が大きすぎるこの子の生きる権利はどうその他、育てる側の悩みはつきないだろう。


母さんは聡美ちゃんにたずねます

子どもを受容する気持が育ちます。

だが、い。生命とは、替わるものがないもの、絶対価値だ。
現代人は死滅への道を歩んでしまうに違いない。
すべてそれらは相対的価値でしかなこの断固たる発想基盤を持たねばいや、もうそのにおいはふんぷんだ。
りに多い世界の各地で生命が軽く扱われている事例はあま親が自分は運がいいと思える家庭の子は伸びる「人間は幸運というものにはどこでいつ会えるものかわからない。しかし運というものは人間をとおしていつでも僕たちを見てくれると思って間違いないと思う。大事なのはその人の誠意である」武者小路実篤運·不運の存在は、何か事をなすときに、私たちの心の片隅に、必ずと言っていいくらいに発想のさざ波を立てる。


子どもはさらに癒され穏やかな心を育んでいきます。

欧米でも、別れ際にグッド·ラックと言い合う風習がありこれは万国共通の人間心理と言っていいだろう。
では、というものを科学する姿勢が世人にはあるだろうか、となると、あまりそこに科学の眼は入り込んではいない。何か偶然性が許容される部分が大きいようだ。
私は、決してギスギスした理づめだけの生き方や、窒息するような雰囲気を好むものではないが、人間の生き方という一点をまな板にのせたときに、そこに偶然性を認知することに、生理的反発を覚える。
科学とは、一切を因果関係でとらえていく思考方法だ。だが、人間の内的世界の問題になると、この大原則が崩れてくる。ことに運·ツキのたぐいのことになると、ましてそうなってくる。先天性とか、そのときどきの巡り合わせみたいな感じを持つ人が多い。


育て教えるということは確かに大変なことです 学校で大事 子どもの方が端的にしっかりやってしまいます。