子どもたちの調査

子どももメンツを潰される気遣いはない

行動や生活面に伸びがあっても、どうでもいいことばっかり得意なんだから
れた子どもは、どうしようもなく悲しい。
と言わ教科はもちろん大切だが、生活はもっと大事だ。黒柳徹子さんがトモエ学園の校長の心に巡り合わなかったならば、はたして彼女の人生はどうなっていたのだろう。教科と生活は車の両輪であって、知育·徳育·体育のバランスある育て方こそ肝要なのである心を磨いたって、進学には関係ないと言う親には、「頭を磨き、心を磨き、体を鍛えきっていくこと、最後に勝つ子はこれだ」と強く提言したい。育てていくべきか。特に心の成長には、語りかけ以前に、トモエ学園の校長のように、子どもの言葉を一生懸命聞いてやることが必要であり、それこそが親にできる最大の語りかけ、
語らない語りかけになるのである。
好きで好きでたまらないものについて語れほとんどの人は、持てる可能性の大半を、生かすことも使うこともせずに死んでいくそれでいいのだという論も当然あるだろう。それが天然自然の道理なんだ
方もできる。しかし、それではなんとももったいない限りではないか。
という見主観的な話になって恐縮だが、ミスタープロ野球と呼ばれた長嶋茂雄氏の現役時代のプレーは素晴らしかった。グラウンドへ入るときと去るときに必ず脱帽し、黙礼する彼の姿には、一人の男の厳粛なまでのけじめと輝きがあり、自分の選んだ道に喜びをぶつけるひたむきさ、一切を燃焼させ、持てる力のすべてを出し切る情熱が、そこに見えた。

母は相当に気を遣ったらしい。

  • 子どもも補聴器の発達によってふつう
  • 育てるためには大きい。
  • 子どもの目線で世の中を見る相談


母親の自分にまくしたてている!


母親がおろおろ

人はよく長嶋氏を天才と言う。野球をするために生まれてきたような体とセンス、またひらめきとカンのスーパースターとも言う。確かに才能は抜群だ。努力より天才という表現のニュアンスが強いのだが、私にはどうも納得がいかない。天才とは努力をするという一点において非凡なのだと、私は信じているからだ。
長嶋氏は、「プロである以上、陰での血のにじむような鍛練を積んでも、それを他人に見せるものではない」と言っている。なまじ労苦の跡が身にも心にもにじんでいる人などよリもはるかに過酷な厳しさを自らに課し、その課題克服に燃え抜いていたのだと思う絵になる人という言葉があるが、作詞家の阿久悠氏は、スターである人ほど、ふだんと本番とは違うと言った。

学校に学ばせたいと思ったものです。

絵になるということは、それだけの存在感を示しているということであり、その内には、隠された燃焼と爆発があるのだろう。
では、燃える条件とは何だろうか。再び長嶋氏の言
野球が好きで好きでたまらなかった。寝ても覚めても野球の青春だったここに真理は極まれり。もっとも力を発揮できる道は、探すことと、決して無縁ではあり得ない。
もっとも好きでたまらない道をよく私の父親が、「好きで好きでたまらない女性が現れなければ、結婚なんかしないほうがいいかもしれない」と、思春期を迎えた私に語っていたのを思い出す。何かが起きたときに、一心同体で乗り切る力を出せない、と言いたかったのであろうか。
シラケ世代という言葉の響きに、なぜか実感がある時代である。


子育てを犠牲にしてまで会社に尽くしたって

伸びない人というのはきない人なのです。

要するに燃えない世代ということなのだろう。だが、燃えることを欲せずして、何のためにこの世の中に生を受けたのかと思う。燃焼なき精神では、死んだも同然であるだから、どう生きるかが大切になる。人間が他の動物と一番違うところは、未発達で生まれてくるということだ。ほぼ完成して誕生してくる牛や馬などは、すでに発達の方向が決まっているが、人間には無限の可能性がある人間は柔らかく、固まっていない。
このことから、環境·教育·学習によって決まる面
が大きいと言える。
それは同時に、不安定であると言うこともできるだろう。
人間の人間らしい特徴とは、どうか、冷静に考えてみよう。

獲得することである。
燃えずに獲得できるものがあるか親は子に本を読めと命令するより、自ら本を読め生涯教育の提唱者ポール·ラングランは、生涯教育の理念を定義して「永遠の未完者が生涯にわたって経験する挑戦への、自己教育的闘争史」と言った。カーライルが言うように、人生は闘争の異名であり、教育の究極が自己教育につきるとするなら、その闘争史と位置づけることは、正鵠を射た定義と言ってよいだろう。


子どもがものを言わない

こく大学の先輩で、相当の年輩でありながら、青年のように輝きわたる姿でがんばっておられる方がいる。この方は信仰を持ち、それを人生の支えとし、人間生命は永遠であると信じきっておられる。よく私に死ぬ瞬間でも、成長と前進を止めたくないと言われる。
人間の心や顔は、磨けば磨くほど光るものですとも語り、手元から書物を離したことはない。まさに生涯教育である。
スイスの哲学者ヒルティが書いた幸福論の中で、深く感銘を受けた箇所がある。「人生は一日一日が創造でなければならぬし、一瞬一瞬が惰性ではいけない。新たな創造をという息吹にみなぎっていなければ、そこに幸福はない」という部分である。


育てていくべきか。 子どもたちの調査 父親あっての家庭だ